システム行動学研究会 システム行動学研究会 (Systems Ethology)

招待講演



大脇 大

東北大学

運動への介入から紐解く生物の潜在的適応能


講演詳細 動物は、不測の環境変動に直面しても驚くほどしなやかに動き続ける。この「動き続けられる能力」は、採餌・繁殖・回避といった生存戦略の基盤であり、生物の行動知能を支える本質的な性質である。その源泉は、脳神経系・身体・環境の相互作用が生む「身体性」にあると考えられるが、このしくみは非線形かつ多階層にわたり、観察のみからでは全貌を捉えるのが困難である。本講演では、ナナフシやミズクラゲを対象とし、著者らが実施してきた「運動への介入」とその応答の定量的解析によって、動物が有する適応能力を明らかにする試みについて紹介する。能動的「介入」というレンズを通して浮かび上がる潜在的「適応能」について議論したい。

キーワード:ロコモーション,身体性,昆虫,ミズクラゲ,筋電気刺激,DeepLabCut


木下 充代

総合研究大学院大学

アゲハチョウの視覚システム


講演詳細 私の興味は,生き物の主観的な世界とその主観的世界が脳でどのように表現されているか?にある.具体的には,アゲハチョウ(Papilio xuthus,以後アゲハ)の訪花行動を指標にした行動実験によって物体認知能力を測り,神経科学的手法でその背景にある視覚システムを調べている.本講演ではアゲハの優れた色弁別能力の背景にある網膜の構成と高次中枢にある色符号化神経について説明した後,画像解析による行動の定量化についても議論したい. 訪花昆虫であるアゲハは,色覚によって花を見分ける.彼らの網膜には紫外から赤まで6種類もの色受容細胞が含まれている.このようにヒトより多くの色受容細胞の種類をもつアゲハが,優れた色覚を持つと想像するのは難しくない.実際に調べてみると,彼らは紫外から赤の波長域の中にわずか1nmの差を異なる色として弁別できる波長域を3つも持っていた.我々はこの鋭い弁別能力は,紫外・青・緑・赤受容細胞を基盤としていると推定した.一方,脳では4種の色受容細胞由来の情報を元に様々な色を作り出しているはずである.そこでアゲハが色をよく学習・記憶することから,学習記憶の中枢であるキノコ体に入力する神経群の波長特性を調べてみた.すると色受容細胞とは全く異なる多様な波長特性が見つかった。この多様な波長特性は,おそらくアゲハが見ている“色”そのものだろうと考えている. 自由飛行中の行動を定量的に表現することは簡単ではない.小さなカゴの中で自由飛行するアゲハを2つのビデオカメラで同時撮影して,その飛行軌跡を調べた.アゲハのかご内の位置と時間的な関係をグラフ化した結果,訪花行動または産卵行動中のアゲハはターゲットを一定の距離から弁別し,判断した場所から一直線にターゲットに向かうとことがわかってきた.これは画像解析による行動の見える化によって,詳細な議論ができるようになった一例と言えるだろう.

キーワード:チョウ,視覚行動,視覚生態、視覚情報処理


廣井 誠

沖縄科学技術大学院大学

広視野高精細映像で追う多個体の姿勢推定と皮膚パターン解析


講演詳細 廣井 誠(OIST)、Greg Stephens(OIST/VU)、Sam Reiter(OIST)

本講演では、広視野高精細映像を用いた多個体同時トラッキング手法を紹介し、特に頭足類(イカやタコ)を中心とした複数個体の姿勢推定と皮膚パターン解析について述べます。従来は困難とされた高速・高精度の姿勢推定を行うため、深層学習ベースのアプローチを用い、動的な身体形状変化や相互作用を含む大規模データセットの記録を可能にしました。また、頭足類固有の皮膚パターン変化は、個体識別のみならず行動や情動の推定、カモフラージュの定量化にも応用可能であり、幅広い研究への応用が期待されます。本講演では、実際の撮影環境構築やデータ取得プロセス、解析パイプラインの工夫など、具体例を交えながら報告します。さらに、本研究室ではアリコロニーやゼブラフィッシュ闘争行動など、異なる種への応用を進めています。本講演で紹介する手法は一つの例にすぎませんが、多様な生物種への適用可能性は、今後のデータ駆動型行動学研究の発展に不可欠な基盤技術となるでしょう。

キーワード:複数個体姿勢推定、動物トラッキング、画像処理、頭足類、皮膚パターン


風間 北斗

理化学研究所脳神経科学研究センター

匂いの価値に基づいた嗅覚行動を司る神経回路動態とメカニズム


講演詳細 食物や個体から発せられる匂いを検出し、それらがもたらしうる報酬や危険性を評価することは、ヒトや動物が適切な行動を選択する上で必要不可欠である。しかし、脳がどのように匂いの価値情報を抽出するかは未だ解明されていない。
 我々は、少数の細胞で構成され、ほ乳類と類似した構造や機能を備えるショウジョウバエ成虫の嗅覚回路に着目し、匂いの価値を決定する脳内情報処理とその回路メカニズムの理解を目指している。本講演では、仮想空間における行動解析、脳領域内全細胞からの網羅的神経活動計測、コネクトーム解析、高次嗅覚回路全体の単一細胞レベルでのシミュレーション等を組み合わせた、最新の取り組みを紹介する。

キーワード:嗅覚、仮想空間、感覚運動変換、回路メカニズム、イメージング、ショウジョウバエ


新村 毅

東京農工大学

鳥類の行動のシステム生物学


講演詳細 近年、工学分野を始めとして生じた技術革新を、行動学的な研究に適用することにより、動物達の集団での振る舞いや現象の背後にある機構を新たに発見することが可能となりつつある。我々は、そのようにして動物の状態を「把握」することに留まらず、動物の状態を「制御」する技術を開発し、それらを連動させることにより、動物とのインタラクション、すなわち動物との”会話”を実現することに挑戦している。特に、ニワトリの母子間コミュニケーションを理解すると共に、それをコンピューターやロボット上で再現するAnimal Computer Interactionの技術開発に取り組んでいる。この研究では、深層学習によってヒナと母鶏の音声パターンを自動判別し、その時系列解析によって、ヒナと母鶏が限られた発声パターンにより音声コミュニケーションを行っていることが明らかとなった。さらに、このような音声コミュニケーションをコンピューター上で再現する技術を開発したところ、ヒナの驚愕反応が著しく改善されることが明らかとなった。本講演では、音を用いたヒナとコンピューターのインタラクションの研究、母鶏模倣型ロボットを用いたヒナの行動制御の研究などを中心に紹介する。

キーワード:アニマルコンピューターインタラクション、家畜福祉、行動制御、情動の可視化、行動遺伝育種、鳥類


川嶋 宏彰

兵庫県立大学

群れの機械学習と制御


講演詳細 魚などの生物の“群れ”は,個々の個体が周囲の他個体と相互作用し,さらに環境の影響も受けながら,全体としては組織的かつ複雑な振る舞いを見せる.また,群ロボットでも,周囲の他個体の計測結果から自分の動きを決定するような制御アルゴリズムを各個体に組み込むことで,外部から制御せずとも,フォーメーション制御を含む様々な制御を自律分散的に行うことができる.この発表では,群ロボットと生物群の「モデル」を対比させつつ,共通性や相違点について解説するとともに,さらに,画像を用いた生物群の追跡に関する話題や魚の群れを外部から誘導する「群れとの相互作用」に向けた取り組み (https://bio-navigation.jp/research/cyber/A02-5/) ,自律ロボット群の機械学習による行動獲得に関する取り組み (https://moonshot.r.chuo-u.ac.jp/kunii/research/1-3/)などについて紹介する.

キーワード:機械学習、画像解析、コンピュータビジョン、時系列モデリング、ヒューマンコンピュータインタラクション、分散協調制御


西海 望

新潟大学

動物に学ぶターゲット追跡戦略のシステム論


講演詳細 目的地にいかにうまく辿り着くかという動物のナビゲーションは、動物行動学の主要トピックとして古くから研究されてきました。近年では、捕食動物が獲物を追跡する際のナビゲーションの研究が、比較的新しい取り組みとして進められています。このナビゲーションでは、単に到達に向け移動するだけでなく、変化するターゲットの位置を把握し続けたり、ターゲットに適切な防衛行動を取らせなくしたりする必要が生じてくることもあります。これらの要素の重みづけは追跡者とターゲットの特性や周辺環境などによって左右されるものであり、追跡のパフォーマンスをうまく発揮させるには緻密な調整が必要です。ここに、ターゲット追跡戦略というものをシステムとして捉える重要性があります。 本講演ではコウモリやトンボなどいくつかの動物種の獲物追跡ナビゲーションを題材に、ターゲット追跡戦略として考えられるシステム構成を紹介します。本講演を通して、動物の追跡戦略における設計の巧みさをお伝えできれば幸いです。 P.S. 今年度から研究室をもつことになりました。講演で興味を持ってくださった方には、是非院生やポスドクとして参画してほしいです。ご連絡お待ちします!

キーワード:行動の戦略性, 捕食者-被食者間相互作用, サイバーフィジカルシステム, 仮想現実技術