プレナリートーク
池上高志
東京大学大学院

講演詳細
テトラヒメナ、ミツバチ、アリ、そしてWebのような分散システムにおいて、私たちは「個体」ではなく「関係」からふるまいが立ち上がる現象を観察できる。私はこの視点を“Community First Theory”と呼ぶ。たとえば、同一DNAを持つテトラヒメナが異なる表現型を示し、ゲノムに差のないミツバチが巣の中で多様な役割を果たす現象は、個体の中に原因を求めるよりも、コミュニティという関係性の網の目の中で意味づけられる。私はこれらを、情報理論における冗長性(redundancy)と相乗性(synergy)という枠組みで捉えなおしている。冗長性は安定性と共有性を、相乗性は新たな機能や意味の生成を示す。自己や知性は、個に先行する「関係の構造」の中から浮かび上がる。本講演では、こうした現象の背後にある情報構造を抽出し、アンドロイドAlterなどの実験とともに、個体中心主義を超えた新しい生命観・知性観の可能性を論じたい。
- Itsuki Doi, Weibing Deng and Takashi Ikegami: Spontaneous and information-induced bursting activities in honeybee hives. Sci Rep 13, 11015 (2023).
- Hiroki Kojima, Akiko Kashiwagi and Takashi Ikegami: Revealing Gene Expression Heterogeneity in a Clonal Population of Tetrahymena thermophila through Single-Cell RNA Sequencing. Biochemistry and Biophysics Reports, 38, 101720 (2024).
- Ilya Horiguchi, Norihiro Maruyama, Dobata Shigeto, Michael Crosscombe, Takashi Ikegami. Quantifying Autonomy in Ant Colonies Using Non-Trivial Information Closure, Proceedings of the Artificial Life Conference (Copenhagen, 2024).
- Norihiro Maruyama, Michael Crosscombe, Shigeto Dobata, Takashi Ikegami, Emergence of Differentiation of Deterministic/Stochastic Behavior in Ants’ Collectives, Proceedings of the Artificial Life Conference (Sapporo, 2023)
キーワード:人工生命、複雑系、非線形科学、 アンドロイド、生物シミュレーション
西成活裕
東京大学大学院

群集のマネジメントと混雑緩和
講演詳細
人流に関する研究は近年のAIの進展等で飛躍的に広がってきた。高精度の群集センシングからシミュレーションによる群集行動予測、そしてナッジ理論を活用した群集制御など、様々な研究が世界的に行われている。そして大規模イベントでの安全で効率的な運営など、群集制御に関する社会の関心も極めて高くなってきている。そのような中でJST未来社会創造事業にて群集マネジメントに関する研究を立ち上げ、多くの関連事業者と科学的な人流制御について取り組んできた。この内容を紹介するとともに、人流のモデル化やセンシングの現状と将来、東京オリンピックや大阪EXPOのアドバイサー経験、そして混雑研究でのイグノーベル賞、新しく発足した群集マネージャー制度など、人流研究と実践に関する最前線について講演する。
キーワード:渋滞学、数理物理学、非線形波動論、流体力学、統計力学、群集マネジメント
西森拓
明治大学先端数理科学インスティテュート

個のダイナミクスから集団のロジックへ
—アリ集団の行動測定と理論解析–
講演詳細
アリのコロニーは、特定のリーダー無しで複雑な協調行動---分業制や時間交代制---を行って生産性を上げています。我々の研究室では、その基本メカニズムを探るために、実験および理論的考察を組み合わせて研究を行ってきました。一例として、コロニー内の全てのアリ(クロオオアリ)に一辺0.5mmRFIDタグを貼り付け、個体識別しながら集団内での役割分担の移り変わりを数ヶ月にわたって自動計測して来ました。そこから、従来広く信じられてきたコロニー内での分業発生機構の仮説(=各タスクに関する休憩状態から労働状態への遷移確率がアリ毎の内在的性質として保有されている)の正当性を検証してきました。また、別の種のアリ(トビイロケアリ)に対して、採餌行動中/行動前に実験系への操作介入を行い、応答を見ることで複数の感覚情報(cue)への依拠の優位順位が、外部擾乱や幾何学的制約によって変化することを示しました。講演では、上記の興味深い行動や分業制について紹介した後、アリ社会における、個のダイナミクスと集団のロジックの関係について言及します。
キーワード:組織のダイナミクス、社会性昆虫、エラーの効用、役割分化、擾乱への耐性、非線形動力学