システム行動学研究会 システム行動学研究会 (Systems Ethology)

大会シンポジウム

「なぜたどりつけるの?を科学する」
生物ナビゲーションの魅力と最前線


挨拶:依田憲


要旨

動物はなぜ,暗闇を飛び,広い海を渡り,見知らぬ場所から目的地へたどりつけるのか。この素朴な問いの背後には,感覚,脳,身体,環境,経験が結びついた精緻なナビゲーションのしくみがある。科研費新学術領域研究(研究領域提案型)「生物ナビゲーションのシステム科学(H28〜R2)」と学術変革領域研究(A)「サイバー・フィジカル空間を統合した階層的生物ナビゲーション(R3〜R7)」では,バイオロギングをはじめとする先端的な計測技術,機械学習,数理モデルを駆使し,個体と集団をつなぐ多層的な行動計測と解析を進めてきた。計画班と4期にわたる公募班を合わせ,総勢200名を超える研究者が生物ナビゲーションを巡って結集したことは,日本の生物学・情報科学・工学分野においても例をみない大規模な挑戦である。本講演会では,新学術領域研究の時代から領域に携わってきた4名が,それぞれの成果を紹介しながら,生物ナビゲーション研究の魅力と最前線,そして今後の展望を語る。


依田憲

名古屋大学 大学院環境学研究科

バイオロギングで探る,空・海・大地を巡る動物たちの行動


講演詳細 野生動物のナビゲーションを理解するには,動物がいつ,どこで,何を経験し,どのように判断して移動したのかを,野外で捉える必要がある。しかし多くの動物は,人間の目が届く範囲を容易に越え,広い海や空を移動してしまう。この観察限界を突破してきたのが,動物に小型記録計を装着し,行動・生理状態・経験環境を時系列データとして記録するバイオロギングである。1960年代のアザラシへの水圧計装着に端を発したこの手法は,ロガーの小型化,センサの多様化,解析手法の発展により,動物行動学の中心的手法へと成長した。本講演では,海鳥をはじめとする海洋動物の数百〜数千キロメートルにわたる移動研究を紹介し,個体の行動記録から環境との相互作用を読み解く野外ナビゲーション研究の展開を論じる。

キーワード:バイオロギング,鳥類,動物追跡,動物行動学


飛龍志津子

同志社大学 生命医科学部

コウモリの音響ナビゲーション


講演詳細 コウモリは,口や鼻孔から超音波を発し,その反響音(エコー)を聴き分けることで周囲の状況を把握する「反響定位(エコーロケーション)」を行う。暗闇の中でも音を手掛かりに巧みに飛行するコウモリは,生態学,動物行動学,神経科学など幅広い分野におけるモデル動物として研究されてきた。一方で,「生物ソナー」とも呼ばれるコウモリの超音波利用には,未来のセンシング技術やロボティクスへとつながる多くのヒントが秘められている。本講演では,生物学から工学に至る幅広い視点から,コウモリの音響ナビゲーションの仕組みを紹介し,「音で見る」世界の不思議と可能性について紹介する。

キーワード:アクティブセンシング,超音波,エコーロケーション,混信回避,生物音響


髙橋晋

同志社大学 大学院脳科学研究科

渡り鳥の脳内コンパスはなぜ北を指すのか


講演詳細 動物が広大な空間を移動する際,外界の手がかりをどのように脳内情報表現へと変換しているのかは,システム神経科学および行動学における重要な問題である。特に渡り鳥は,初めての渡りにおいても大規模な長距離移動を遂行できることから,コンパス情報を利用したナビゲーション機構を理解するうえで優れたモデルとなる。しかし,渡り鳥の脳内で方位情報がどのように表現されているのかは,これまでほとんど明らかにされていなかった。本講演では,オオミズナギドリ(Calonectris leucomelas)の幼鳥を対象に,神経ロガーを用いて自由行動下の単一神経細胞活動を記録した研究を紹介する。記録部位は鳥類海馬相同部位である内側外套であり,オープンフィールド内を移動する個体の頭部方向と神経活動の関係を解析した。その結果,記録された神経細胞の一部に,頭部の向きに応じて発火率を上昇させる頭方位細胞が見いだされた。頭方位細胞は,ウズラの海馬においても発見されているが,その選好方向は全方位に均一に分布していた。ところが,興味深いことに,オオミズナギドリ幼鳥の頭方位細胞の選好方向は,北方向に強く偏っていた。この北方向への偏りは,記録地点や実験アリーナの形状を変えた場合にも維持され,単なる局所的なランドマークや幾何学的手がかりだけでは説明しにくい特徴であった。これらの結果は,渡りを開始する前のオオミズナギドリ幼鳥の海馬相同部位に,北を基準とする安定した方位表現が存在する可能性を示している。私は,この神経表現が,地磁気を含む感覚コンパス情報を,長距離ナビゲーションに利用可能な内的参照枠へと変換するための基盤である可能性について議論したい。さらに本講演では,生態学的要請が,哺乳類や鳥類に共通する空間表現システムをどのように特殊化しうるのかについても考察する。

キーワード:頭方位細胞,海馬,渡り鳥,ナビゲーション,地磁気感覚


前川卓也

大阪大学

AIバイオロギングの誕生とその歩み


講演詳細 動物に装着した小型センサから行動や生態を理解する「バイオロギング」が,生態学や動物行動学において重要な観測手法となっている。一方で,動物装着型デバイスは小型・軽量である必要があり,電力や計算資源に大きな制約があるため,重要な希少行動を長期間詳細に記録することは容易ではなかった。本講演では,低消費電力センサと機械学習を組み合わせ,重要な行動のみを自律的に検出・記録する「AIバイオロギング」の誕生と発展について紹介する。海鳥に装着したデバイス上でAIを動作させ,採餌などの重要行動を検出して映像記録を行う初期研究から始まり,希少行動を研究者の指示なしで自動検出・記録する近年の異常検知型アプローチ,野生環境にて自動で実験を行う機械学習を搭載したロガーを概説する。さらに,エッジAI技術の進歩によって,バイオロギングによる観測そのものがどのように変わっていくのかについて議論する。

キーワード:生物ナビゲーション,バイオロギング,AI,行動認識