システム行動学研究会 システム行動学研究会 (Systems Ethology)

公募シンポジウム

社会行動を測り、操り、理解する:
遺伝子から集団まで


代表:千葉大学 佐藤大気


要旨

動物の社会的相互作用は、個体間の情報伝達や意思決定を通じて高次のダイナミクスに影響を与える重要な現象である。しかし、その神経・分子基盤の理解は個々の現象レベルにとどまり、階層や生物種を横断した統合的理解は十分に進んでいない。一方で、近年のオミクス技術の発展は、複雑な行動を制御するゲノム・エピゲノム変異や遺伝子発現変化の検出を可能にし、イメージングやトラッキング、光遺伝学などの神経科学的手法の発達は、行動や神経活動の高精度な計測だけでなく、その操作を可能にしている。さらに、これらのアプローチと個体の構成比や相互作用条件の操作を組み合わせることで、社会行動は記述対象から因果的に操作・検証可能な対象へと拡張されつつある。本シンポジウムでは、こうした観点から生物種横断的に社会的相互作用の分子・数理的理解を目指す研究を紹介する。ショウジョウバエ、メダカ、キンカチョウ、アユを対象に、様々なスケールにおける行動の測定と操作を統合的に扱い、社会行動の理解につなげる。特に、種を超えて共通の分子が社会的応答に関与する可能性や、集団行動の情報理論的理解といった新たな視点を提示し、社会行動の普遍的原理に迫る。


佐藤大気

千葉大学 国際高等研究基幹

ショウジョウバエに探る集団行動創発の分子基盤


講演詳細 動物の社会行動は、個体の性質の単純な総和ではなく、個体間相互作用を通じて集団レベルの動的な形質として現れる。このような創発現象は、どのような分子・神経メカニズムから生じるのだろうか?本講演では、ショウジョウバエの対捕食者行動を題材に、集団で顕在化する行動変化の分子基盤に迫った研究を紹介する。異なる遺伝的背景をもつ多数のハエ系統を用いた大規模な行動解析により、個体の遺伝的性質と集団構成が刺激への応答を大きく変化させること、そして集団内の多様性と他個体への同調が有効な対捕食者行動の達成に重要である可能性が示された。また、ゲノムワイド関連解析からは視覚神経の発達に関わる分子が検出され、今後の神経活動操作実験を通じて、個体間相互作用が集団行動へと変換される神経基盤を明らかにできると期待される。これらを通して、動物の集団行動の分子基盤に迫る実験・解析の設計と今後の展開について議論したい。

キーワード:Safety in number,ショウジョウバエ,Animal-computer interaction


横井佐織

北海道大学 大学院薬学研究院

メダカにおけるコントラリアン個体の行動影響とその分子神経基盤


講演詳細 これまでの魚類研究では、群に属する各個体が同様の行動を示すことで、捕食回避や採餌学習の効率上昇などのメリットを得ることが実証されており、「leader/follower」の観点から多くの実験が行われてきた。したがって、群全体とは異なる行動を示す「コントラリアン」はノイズとして扱われ着目されてこなかった。しかしながら、行動観察の上でほぼ必ず「コントラリアン」が生じることも事実であり、そこには生物学的意義がある可能性がある。そこで本研究では、メダカにおいてコントラリアン個体が出現するか、周囲にどのような影響を及ぼすかを検証した。また、集団行動中の周囲個体への応答性に関与する遺伝子が、コントラリアン個体による群れ動態への影響にも関与する可能性を考え、ショウジョウバエでlooming刺激下の集団逃避行動における他個体への応答性に関与するPTP99Aの脊椎動物ホモログptprz1に着目した実験を行ったので報告する。

キーワード:コントラリアン,遺伝子変異体,メダカ


和多和宏

北海道大学 大学院理学研究院

ソングバードの歌発声学習をモデルとした、社会性運動学習の発達メカニズム


講演詳細 動物は、様々な行動パターンを学習する。しかし、同じ学習環境下でも個体ごとに学習到達度・学習戦略が異なり、最終的に獲得される行動表現型にも個体差が生まれる。しかし、このような「学習の個体差」が、いつ・どのような生物的基盤をもとに発現するのか、十分な理解は進んでいない。我々は、親―子間個体間作用によって学習獲得される、鳴禽類ソングバードの歌学習を「学習行動の個体差創発」モデルとして研究を進めている。異種間交雑F1ハイブリッド個体における歌学習環境操作実験と歌学習発達解析から、学習最初期に生成される発声音響特性に既に個体差が存在しすることが明らかになった。また、1細胞遺伝子発現解析によって、発声運動神経回路内のグルタミン酸興奮性投射ニューロン特異的に遺伝子発現特性に個体差が検出された。これらの結果は、神経回路特性の初期値設定による学習バイアスが、行動の個体差創出の一因になっていることを示唆する。

キーワード:発声学習,時系列構造,個体差,遺伝子発現


新里高行

筑波大学 システム情報系知能機能システム専攻

鮎の群れにおけるコントラリアン生成システム


講演詳細 コントラリアンは一般に「天邪鬼」や「逆張り」を意味する。しかし、社会のルールの裏をかくためには、「社会全体」という不確定な対象を仮構しなければならない。その意味で、コントラリアンは社会構造と不可分の存在であり、状況に応じて誰もがコントラリアンにもフォロワーにもなりうる。
  本講演では、周囲の行動パターンの多様性を増加させる個体を「コントラリアン」と定義する。この定義に基づき、コントラリアンが群れにおける形態変化、すなわち Milling(旋回群)と Schooling(整列群)の遷移を媒介し、群れ内部での役割を柔軟に変化させていることを示す。
  さらに、この知見を踏まえ、プロジェクションマッピングを用いた鮎群れの誘導技術について論じる。特に、魚が強く反応する影を利用した誘導の可能性を検討するとともに、個体の体軸情報を利用することで、より精緻で多様な群れダイナミクスを創発できることを示す。

キーワード:臨界現象,鮎,プロジェクションマッピング